KIDNAP POSTSCRIPT


「あとがき」などといって語るほどのものは何もないのですが、
オーギュストにモデルが存在することは、どこかに書いておかねばと思いました。
歴史上に実在した人物で、ジル・ド・レエというフランスの貴族です。
百年戦争の末期にジャンヌ・ダルクと共に戦い、元帥の座までのぼりつめましたが、一方で幼い少年ばかりを攫っては殺害するという凶行を重ね、
最後には裁判にかけられ火刑にされました。
童話「青髭」のモデルにもなっています。
殺した少年の数ですが、200とも500とも800とも言われています。
本によって記述がまちまちです。
当然といえば当然ですよね、当の本人だって数えていたはずないですから。
関連書は何冊かありますが、そういう誇張が見られたり
基本情報が誤っていたり(8人の妻がいた等。青髭と混同されがちです)
するので、信頼性のあるものを幾つか紹介します。

■ジョルジュ・バタイユ著作集ジル・ド・レ論−悪の論理−
GEORGES BATAILLE/伊東守男訳/二見書房
(値段は張りますが、村人の話やジルの家族の話など、事実に基づいた研究)
■黒魔術の手帖
澁澤龍彦/河出文庫
(カバラや黒ミサ、錬金術等を最初に日本に紹介した書籍として有名です。
「ジル・ド・レエ候の肖像」という章があります)
■彼方
J-K・ユイスマンス/田辺貞之助訳/創元推理文庫
(小説ですがよく調べてあります。
関係ありませんが篠田真由美の小説「彼方より」のタイトルはここからでしょうね)

また、ジャンヌ・ダルクの傍で戦った人物なので、
ジャンヌを題材にした小説・映画にはよく登場します。
最近ではリュック・ベッソンの「ジャンヌ・ダルク」にも出ていました。
あくまで脇役で、彼個人のエピソード等はまったくなかったのですが、
危険な雰囲気がさりげなく演出されていました。

また、しばしばジャンヌ・ダルクに恋愛感情を抱いていたのでは、
といわれます。
彼がおかしくなったのはジャンヌが処刑されたせいだ、というのですね。
バタイユは、それをセンチメンタルな感傷とロマンティシズムによる
こじつけであるとキッパリ否定しています。
厳格な祖父に育てられた家庭環境に原因がある、
というのがバタイユの見解のようです。

こんなところでしょうか。
歴史上の大量殺戮者ということで、血の伯爵夫人エリザベート・バートリーやネロ、 ヴラド・ツェペシュなどと一緒に語られることは多いのですが、
彼らに比べて知名度はいまひとつという感じがしますね。
泣きながら悔い改め、許しを乞うたという最期が、
「冷酷非道な殺戮者」のイメージを貫くことを求める人々には物足りなかったのかもしれません。