「MAG -1-」 「やあ、久しぶりだね、Mickey君。元気そうで何より」 白塗りの壁に囲まれた部屋は、良く言えば機能的。 端的に言えば殺風景だった。 中央のテーブルと、来客用の椅子以外に、調度品は見当たらない。 わたしは、研究室内のこの応接セットはあまり使われることがないのだろうと考えた。 部屋の主は、黄色いフォトンチェアに腰掛け、ひざの上でてのひらを組み合わせている。 アポも取らずに来訪した失礼な客に対しても、普段と変わりないアルカイックスマイルを見せる。 彼の微笑みから、真意を推し量るのは容易ではない。 「博士も、お変わりなく。ご多忙のところ、突然お訪ねして申し訳ありません」 「ウフフ……堅いね、Mickey君。もっと楽にしてくれていいよ。もう僕はクライアントではないんだから」 また、感情の読めない微笑。 クライアントとハンターという関係を抜きにしても、本星コーラルの誇る天才科学者を前に、かしこまってしまうのは当然だと思うのだが。 初対面のときから、「ジャン」という愛称で呼べだなんて無茶な注文をする博士には、通じない理屈かもしれない。 ジャンカルロ=モンタギュー博士。 十代の頃すでにオスト博士に並ぶ生体工学と機械工学の権威で、現在は確か二十代後半だったか。 アンドロイドの開発分野で特に著しい功績を残し、ハンターズに支給されるマグの開発者の一人でもある、というのは、パイオニア2に乗船している者なら子供でも知っていることだ。 本来なら、わたしなどが一生かけても個人的に会ったりすることなどかなわない。 こうして研究室に通され、向かい合って話ができるのはちょっとした縁によるものだったが、いまだに不思議さを伴う。 「エルノアがキミに会いたがってた。今はラボの手伝いでVRシステムのテストに駆り出されてるんだ、残念だったなぁ」 言いながら、モンタギュー博士は腰をあげて壁際に歩み寄る。 やがて戻ってきたその手には、ティーポットが握られていた。 「博士」 驚いたわたしは、思わず声をあげる。 「博士、そんな。お気遣いは」 「なーに、Mickey君の来訪にかこつけて僕が飲みたいだけさ。紅茶は飲んだことがあるかい?」 当然のことながら、わたしのような一ハンターは紅茶などという高級な嗜好品には手が出せない。 そもそもパイオニア2では、支給品以外の飲食は基本的に禁じられている。 博士のような上流階級の層ではしばしば破られるし、運良く食料が手に入れば一般市民も禁を侵すことがあるが。 恐縮するわたしをよそに、モンタギュー博士は慣れた手つきでティーセットを配している。 「……」 「……ウン? どうしたんだい、不思議そうな顔をして」 「……。慣れていらっしゃるんだな、と思って。博士のような方が自らお茶を……」 「あぁ」 モンタギュー博士は、眼鏡の奥の瞳を細め、皮肉っぽく笑った。 「キミの言ってるのは、アレだろ。家事用アンドロイド。よくもまぁあんな、健全な人間活動を放棄する酷いオモチャが一般家庭まで浸透したもんだよ!」 手つきだけは優雅に紅茶を淹れながら、マシンガンのように辛らつな言葉が飛ぶ。 「ま、アンドロイドが淹れたもののほうが美味しいのは確かなんだが。あんなのに頼りきった生活なんてぞっとしないね。行き着く先はボケ、まっしぐらさ。日常のちょっとした動作でも脳は働いているんだぜ。今のこれだって、フム、差し湯はこんなものかなとか」 「……」 アンドロイドの父たる男が、そんな言葉を吐くのか。 理解しがたい思いと、不可思議な気持ちの悪さが去来する。 言っていることがわからないわけではない。全てを機械まかせにする風潮に、開発者ながら警鐘を鳴らしたい気持ちがあるのだろう。 けれど、この博士は、実情をどこまで知っているのだろうか? 実情――自身が作ったアンドロイドが、軍事的にどんなに有効に利用されているかを。 「さてMickey君。本日のご用向きは?」 博士手ずから淹れられた紅茶が、目の前で湯気を立てている。 わたしはティースプーンでくるりとかき混ぜた。切り口となる言葉を探して。 「……博士は、マグ開発の第一人者でいらっしゃいますね。ハンターズに支給されるほどの実用化に成功したのも、博士のお力によるところが大きいとお聞きしています」 「ウム」 「ただ、使用する私達のほうは、マグという存在の10%も理解していません」 「……開発者たる僕のほうでも、たいして変わりはないんだけれどもね。フォトンブラストのような特殊能力だって、開発途中の偶然の産物さ。で?」 道化師のそれのような帽子を乗せた頭を、重たげに傾け、博士は先を促してくる。 「構造を理解していないから。どうすれば、『マグを作ることができるのか』、何が必要なのか、わからないんです」 「マグを作る、だって?」 「はい。破損してしまったマグの修復が難しいので、新しいマグを、一から作りたいんです」 「……フム」 博士の表情から、絶えることのなかった笑みが、消えた。 ラグオルへの転送装置の中で感じるような、いいようのない不安感がわたしの胸を握りつぶす。 「キミのマグは、肩の後ろで元気に跳ねているが――?」 「破損したマグは、友人の――仕事仲間のものです。ラグオルでの戦闘行動の最中に、エネミーの攻撃を受けて。ギルドの技師に診ていただいたのですが、外装だけでなく核に傷がついていて、修復は難しい、と」 「それで、キミは、核を用意すれば作ることができるんじゃないか、と考えたわけだ」 「……はい」 ひざの上で組んだ指に、冷や汗がにじむのを感じた。 これは、詰問だ。 まっすぐわたしを睨みつける博士の瞳は、アンドロイドならば攻撃色の赤に変じたに違いない鋭さだった。 「今そのマグはどこにある。どんな状態だ?」 「友人が保管しています。バラバラに割れた外装は、細かい破片も含めてほとんど回収して、傷ついた核と一緒に友人のプライベートルームに」 「……」 いまや、苛立ちはオーラとなって彼の全身を包んでいるかのようだった。 彼の指がティーカップのふちをコツコツと叩くたびに、息が止まりそうになる。 「キミの考えは間違っちゃいないさ。マグを構成しているのは核だ。天才科学者たるこの僕のところに聞きにくるのも正解だよ、僕以上にあれについて理解してるものはいないからね。マグの核になっているのは、ラグオル由来のある細胞物質さ。研究室にもあるが、僕の私物ではないから、それからマグを作ってあげることはできない。キミが用意できれば可能だよ。だが、」 眼鏡の奥で、博士の瞳がきらめく。 「なぜ、その友人が、自ら来ない?」 一言ずつ区切って、静かに撃ちだされた言葉の弾丸が、わたしの身体に無数の穴を空ける。 「……あつかましいお願いをした上、偉大な博士に対してご無礼を……」 「ちがう! ちがう! そうじゃない」 博士は首を振り、 「僕が言いたいのはだね。割れたマグの破片を残らず集めて、大事に保管しているような友人のことだ。 もしその友人がここにいたら、キミの話とは違った依頼になるんじゃないか?ってことさ。……分かるかい?」 「……」 「ここの扉は、いつでも開くよ。キミが望むならね」 わたしは立ち上がり、改めて礼を述べてから退室した。 これ以上、博士と――いや――自分の中の得体のしれない何かと向き合うのを恐れて。 -2-へ続く |