「MAG -2-」

 ハンターズに割り当てられている居室に戻ると、一足先にhiropiが帰ってきていた。
 携帯端末に視線を落としたまま、わたしに「おかえり」と告ぐ。
 その表情は、赤い髪に隠れて窺い知ることができない。

「……ただいま」

 わたしは、壁のコンソールに近づき、スクリーンにニュースを映し出した。
 あいもかわらず日々同じような報道が続いている。
 三番ブロックで恐喝事件。本星コーラルの政治汚職事件。シティ行きシップの故障。

 ラグオルの「ラ」のワードもない。
 英雄ヒースクリフ・フロウウェンの没後一周年の日が迫っているのに、
 それを伝える報道は一切ない。

 慎重かつ、傷ついたモノを扱うかのような繊細さと丁寧さをもって、
 ラグオルやパイオニア1を想起させるワードはわたしたちの周囲から排除されている。

 どれほど遠ざけようとしたところで、
 わたしたちがラグオルのすぐ傍を漂っていることは紛れもない事実なのに。
 どれほど取り除こうとしたところで、人々の胸から不安を散らすことなどかなわないのに。
 バカみたい。

 わたしはhiropiを振り返って、睨んだ。
 彼女は入室したときと同じ姿勢で、携帯端末に指をなぞらせている。

「ねえ。どこに行っていたのか聞かないの」
「なぜ」
「あなたってどうかしてる、hiropi。なぜ落ち着いて本なんか読んでいるの」

 hiropiは端末から視線を上げ、わたしをじっと見据えた。
 鋭い瞳が、なぜか、モンタギュー博士のそれとオーバーラップした。わたしははっと息を詰める。

「質問の意図が分からないわね。私に何を期待しているの」
「……期待、なんて。わたしはただ……」

 言葉を探す。hiropiにつながる、伝わる言葉を。
 けれどそれは雲を掴むかのようで、わたしは口をぱくぱくとさせただけだった。

 言葉を諦め、わたしはhiropiの私物が入っているケースに指を触れる。
 ロックもされていないそれは、あっさりと開く。
 一番奥にしまわれているのは、彼女のマグの欠片たち。

「……今日は、hiropiはどうしていたの」
「ラグオルへ」
「ラグオルのどこ?」
「セントラルドームの地下洞窟よ」
「……いつもどおりね」
「ええ」
「マグがいなくても」

 hiropiは、再び端末のページをめくった。
 そうしながら、いつもと変わらない淡々とした声で言う。

「腕や足の故障と違って、戦闘・作戦行動に支障はないわ。マグの機能はあくまで補助動作だから」
「知ってる。わたしにとっては、そうよ」

 マグはただの機械だ。
 それ以上でもそれ以下でもない。
 あれば便利だけれど、必須のものではなく、
 故障することがあってもハンターズとしてやっていくのに支障はない。

 けれど、

「あなたにとっては、違うと思っていた」

 hiropiは手を止め、わたしを宇宙の深淵を思わせる瞳で見つめた。
 今度は、視線はそらさない。
 沈黙がおり、同じニュースを繰り返す無機質なアナウンサーの声のみが響く。

 やがてhiropiは、ふっと視線を伏せ、かぶりをふった。

「Mickey。あなたの中の、その自己への不完全感による強迫観念を
 他に投影するのはやめたほうがいいわ。
 それにはあなたが自分で立ち向かわなければならないの」
「……」
「出かけてくる」

 高い靴音を響かせ、hiropiは退室していった。
 一人で取り残されたわたしは、
 胸になにかが詰まっているかのような重苦しさを感じ、唇を噛む。

 そうだ。hiropiにはマグを大事にしていてほしかった。
 彼女が命を持たないマグに対してする仕草――
 戦闘の影響がないか気にかける視線、マグの支援行動を見たときの微笑、
 エネルギーを供給するときの優しい手つきには、
 マグへの言いようのない想いが垣間見えている、と、思っていた。
 そんな仕草を見るにつけ、まるでわたしに対して
 優しさを与えられているような心地よさを味わっていた。

 そうだ。マグやアンドロイド、
 意志を持つ無機物たちにわたしのマインドは同化しようとしている。
 あれらは、わたしに近いもの、ヒューマンよりも遥かにわたしに近いものだ。
 だからこそ、わたしは、あれらを肯定することができない。
 自分自身がアンドロイドの身ながら「マグにも心がある」などと
 言い放つエルノアを、滑稽だと思う。

 けど、だから、でも。

 マグを失いながら、
 あまりにも平然と日々を過ごしているhiropiの姿を見るのは、
 痛烈な衝撃だった。

「……わたしは、あなたに甘えているのね、hiropi」

 彼女の的確な指摘を反芻しながら、わたしはひとり立ち尽くしていた。




-3-へ続く