雨は、まるでやむことを知らないかのように
 ただ穏やかに流れ、私の全身をやがて冷たくする。

 静寂だけがこの土地を支配し、空を見上げても
 星一つ見えない。

 私はここに来て何がしたかったのだ?

 雨。

 そう、あのときも雨がこんな風に。








rain stops, good-bye ….  





 数ある銃の中でどれか一つ、と言われたら
 私は、迷わずヴァリスタを選ぶだろう。
 表面は、黒く鉄板で覆われ、中には粒子が詰まっている。
 デザインが洒落ていると思うし、
 ハンドガンを改良して作られたスリムサイズだから女性の私にも持ちやすい。

 布で丁寧に吹き上げられ、黒く光沢を放っているそれを手にし、
 武器屋の店主は、ほう・・と感嘆の声を上げた。

「よくぞここまで…。手入れが行き届いている」

「照準が数ミリ狂っている気がする。調整をお願いしたいの」

 店主は、眼鏡をくいっと指で上に押し上げ、驚いた表情を私に向けた。

「頼んだわ」

 それだけ言うと軽くて手を挙げ、その場を後にした。



 パイオニア2内は、広すぎず狭すぎず、圧迫感もない。
 シティを彩るネオンの看板が、朝も昼も夜もない
 無機質な空間を演出している。


 巨大な宇宙船で生活することにもいつの間にか慣れてしまった。
 ハンターズのロビーの窓からは、愛しい陸を持った星・・・
 ラグオルが一望出来る。


 あの陸の上では、ここにはない自然現象が絶えず起きて、
 そう、雨が降るのだ。

 雨が降ると思い出す。
 軍人時代にラグオルの地に下り、戦闘訓練や調査に明けてくれていたあの頃を。

 私は今でこそ、銃を専門に扱うレンジャーであるが
 元は、根っからのガンマンではなかった。
 もちろんヴァリスタの存在などあの時は知らなかった。

 戦いのプロフェッショナルに相応しい訓練は、一通り受けてきた。
 武器も様々なものを扱うことが出来る。その頃から、
 銃の扱いは嫌いじゃなかった。いや、むしろ数ある武器の中で好きだった方かもしれない。

 __だから、あの人は、いや、人ではない。
 彼という性別と人格を持ったあのアンドロイドは
 私に銃で戦うあらゆる方法を説いてくれたのだろう。





 私は、もう軍人ではない。
 セクションIDを持ったハンターズとなり、身も心も生まれ変わった心持ちでいる。

 軍人ではないのに、なぜそんな格好をしているのだ、と
 彼女は、そういえば初めて会った時に聞いていた。

 軍服もどきの格好をしているせいで、時にパイオニア2の居住区の者達や、
 正規の軍人達からも嫌悪と警戒の目を向けられてしまう。

 彼女は、私の答えが返ってこなくてもそれ以上聞かずに、
 私の後をついてきてくるようになり、行動を共にすることが多くなった。
 やがて私と彼女は、居住区に2人で暮らすようになった。

 そんなことを思い出しながら、私は気が付いたら
 パイオニア2にある転送装置を使い、ラグオルの森に降り立っていた。

 理由は一つ。

 雨だ。

 今日は、無性に雨にうたれたい日なのだ。
 あの船の中では味わえない、
 生きているという感覚。
 生きているから感じる。気持ち、葛藤、孤独。


___敵でも味方でもどっちでも良かった。
   私が祈っても、泣いても
   この雨がやまない限りは、すべてを流してくれる。
   見て見ぬふりをする私をごまかしてくれる。




 軍人時代を経て、現実を見てきた私は感情を表に出すことが、あまり無くなった。
 まだあの頃の気持ちを持ち合わせている部分があることに、自分でも驚きだ。
 でもそれは雨のせいなのだ。

 力強く、しつこく降っていた雨はやがて徐々に弱まり、やんだ。

 雨が上がった後と同時に彼の姿は、見えなくなった。思い出して
 私は、また絶望感に苛まれる。


「hiropi!」

 声がして振り向いた。一瞬で、思い出しかけていた絶望感とやらは消えてしまった。

 儚い命を持って生まれてきた、ニューマン。
 相棒のMickeyが立っている。

「いつも1タルム、1ピルタルムも無駄にしないあなたが、食事の時間に帰ってこないから・・」

 かなり息を切らしている。ここまで走ってきたに違いない。


「私がここにいるとよく分かったわね」

「…。何の味もしない物体をただ口に放り込んで終わり。
 一人では特に、寂しい食事だわ」

 Mickeyは、私の傍まで駆け寄り、顔を胸に埋めた。
 手を腰に回し、片方の手は私の頭にやる。
 母が泣いている子を優しくなだめる時のように。


「帰りましょう。ここは冷えているしニューマンだからといって
 風邪をひかないとは・・」

「あなたのぬくもりを感じられても私はあなたにそれを
 返すことは出来ない」

 人間に憧れ、生きる意味を見いだそうとしている私のこの相棒は
 私を抱く手にいっそう力を込め、悲しげに言葉を発した。

 絹糸のように光沢を持った美しい金髪が、作り物だとは信じられない。
 彼女は、私よりも生きる事に対して、どん欲で
 毎日をどんな思いをして過ごしているのか、その心情は計り知れない。

 人に作られ、不安定な体を持ち、存在さえ本当は危うい彼女。
 雨が降る美しいこの惑星ラグオル、生身の命を持った自然のすべてものに
 憧れを抱いている。その悲しいほど純粋な心に私は、いつも救われている。
 今日も、救われた。

 抱きついているMickeyを優しく引き離し、肩に手をやり
 真っ直ぐに彼女を見つめた。
 普段は、見せない少し口元が緩んだ表情を見て
 Mickeyはすべてを理解したようだ。不安な表情はもう消えていた。


「戻りましょう、パイオニア2へ」


 心に闇が潜んでいて、その闇が心を食いつぶそうとしても、
 それを打ち返す術を今の私は知っている。
 彼女と一緒であれば
 何もかも無くなってしまいたい、と思う絶望感は打ち砕かれる。



                    end.





※タルム/ピルタルム……時間の単位。PSOBB用語ではなく造語。