「宇宙の音」 男は低く呻き、汗ばんだ身体からゆっくりと力を抜いた。 最後の瞬間に放たれたものは、わたしの体内を滑って子宮を目指しているだろうか。 子宮……なさぬ子宮を。 長い長い行為の間、わたしはこの瞬間だけを待ち続けていた。 部屋に足を踏み入れたhiropiは、眉間に深い縦じわを刻んだ。 1ピルタルムもしない内、「ここに男を連れ込んだわね」と鋼のような声で言った。 「分かる? そうかあ。あと5ピルタルム後に帰ってくれたら、不快な思いをさせずにすんだのに」 「やめてちょうだい」 「わかった」 これで終わり。 hiropiは余計なことは一切聞かない。 相手は誰かとか、どんな関係かとか、なぜわざわざ自室を選んだのかとか。 最後の問いはわたし自身の疑問でもある。 時間を惜しんだからか、雰囲気に流されたか、それとも、彼女の反応を見たかったからか。たぶん全部だ。 彼女はわたしと違って、重度の潔癖症だ。路地裏のゴミひとつ存在を許さない、お有り難いシティによく似ている。その、程度を、確認したかったのかもしれない。 話はとっくに終わったと、hiropiは壁のスクリーンに流れるニュースを確認している。 青いフォトンの文字列をなぞるhiropiの目線――を、わたしは更になぞる。 ……本当に集中して読んでいる動きだ。 これなら、読み終わるまで、ほんの一呼吸か二呼吸の間。 わたしは壁のコンソールに手をかけ、文字の群れをフォトン粒子に返した。 読みかけだったhiropiは、首の角度だけを傾けてわたしを見る。 わたしは両手をのばしてその首に絡め、彼女に身を寄せた。 「抱いて」 囁きには何も返らない。ため息すら。 焦れて、彼女の胸元に手を滑らせると、思いのほか強い力で手首を掴まれた。 「ニューマンには発情期があるの」 「まさか」 「私にはこういう趣味はないわ」 「わたしにもない」 hiropiは少し迷うように口を閉ざしかけたが、短く「なぜ」と言った。 わたしは考える。 「……そうすれば完全なわたしになれる気がするから」 「何にもならないわ。虚しいだけよ」 「そうかしら」 先程の男と行為が終わったときの虚無感を思い出す。 生殖機能を持たないニューマンと、生命の輪の中にある人間との交わり。 何の生産性もない。 ただ最後の一瞬に、生命のうねりを体内に感じ、自分もその輪廻の一つに加われたかのような優しい錯覚があるだけ。 もしわたしが人間だったら、やはりこの感覚を求め、子供をたくさん産んだのだろうか。 この渇望はニューマンだからこそか。 わたしはhiropiの首元にすがりつき、背中に腕を回した。わたしよりも体温の高い肌が、頬に熱い。 規則正しく脈動する心臓の音がする。 「そうね。これでいいや。これがいいわ」 「……Mickey。言い忘れてたけど、貴方、妊娠しないからといって、怪我も病気もする生身の身体なんだから。ちゃんと……」 「分かってる、アンティメイト飲んでる」 わたしが鬱々と考えていた間、彼女はそんな心配をしていたのか。 嬉しくなって、その胸に頬をぎゅっと押し付ける。 「宇宙の音がする」 「宇宙は真空よ。音は鳴らないわ」 「音は、鳴るわよ。わたしには聞こえる。ちょうど……こんな音」 押しつけた頬の内側から、広がる音の世界に身をゆだねる。 底知れず深く、大きな世界が、わたしを包みこむ。 男と重なっていたときには得られなかった安堵が到来していた。 この安堵と、停滞が、少しでも長く続くよう祈りながら、わたしは目を閉じる。 |